音大の後輩でソプラノ歌手である彼女は、私に真顔で何度も言いました。

「もうご主人とお子さんのことはいいんじゃないの?

もう十分されたでしょ?

もうそろそろご自分の為に人生、生きたらどうですか?」

 

そういう彼女は48歳で音大に入学し、大学を卒業、専科を修了して、ソプラノ歌手としてバリバリ10年活躍してきていました。

その頃の私は、ちょうど彼女が大学に入ったのと同じ年代。

いつまでも「主人が」「娘が」「息子が」という私に危機感を感じたのか、嫌気が挿したのか、

 

「もう十分主婦業やったんだからいいんじゃないですか?

これからはご自分の為に人生を生きるべきよ」

 

そう何度も言ったのです。

 

その頃の私といえば、やっと下の息子の進路も見えてきて、子育ての最終段階。

親としての役目は終わりつつありました。

相変わらずピアノやコーラスの仕事は結構忙しいもので、日々の主婦業の中で、仕事との両立をしているという毎日。

ちょっと変わったことと言えば、彼女も私も同じ先生の門下生で、門下のOB、OG、現役生の集まりの同窓会の会長を数年前に引き受け、いよいよ先生の退官記念パーティーという大きなイベントに向けての準備に忙しかった、ということでした。

 

夫や子供の為に日々を過ごしていると、「人の為に何かする」というのが苦にならなくなります。

誰かの為に自分ができることをする。

そういうのが自分の性分に合っていると思っていました。

結婚して子供が生まれれば、当然、妻として母として生きていくのであり、音楽の仕事もその合間にするのが当たり前で、少しでも音楽の仕事ができることに感謝するのが当たり前だと思っていました。

そうあるべきだし、自分の周りの友人達も皆、そういう生き方をしていたからです。

 

ですから、「自分の為に人生、生きたらどうですか?」と言われても、すぐに「はい、そうですね」とは行かない自分がいました。

 

でも実は私はずっとそんな生活に満足していなかったのです。